2024年8月号 雇用保険概算保険料の会計税務処理


雇用保険概算保険料の会計税務処理

(預り金処理の場合、前払時は立替と、毎月の消化。

会社負担概算納付分が「損金の額に算入する」で

「できる」でないのが謎)

2024年 8月                   

 

7月10日に労働保険(労災・雇用保険)の申告、納付(自動引落の場合、引落は9月)があります。労働保険の納付は独特で、前年4月1日~3月31日までの実績をもとに、来年3月31日までの概算保険料をいったん一括で納付することになるため、会計上の処理は真面目にやろうとすると複雑になります。ゆえに、中小企業は簡便的な会計処理で済ましている場合が多いのですが、上場企業の連結子会社や外資企業などはそれでは許してくれない場合があります。今回はそちらの複雑なパターンの会計処理について解説します。

1.個人負担分を法定福利費のマイナスで処理する場合 外資企業はドン引きの場合も・・

  皆様の毎月の給与からも雇用保険の個人負担分が源泉徴収されています。(一般の事業の場合、0.6%)この控除分を、中小企業などでは「預り金」でなく、「法定福利費」で処理している場合が多くなっています。雇用保険の納付は年に一度ですので、納付(申告)時に全額法定福利費で費用処理をしておき、個人から徴収した分は法定福利費のマイナスで処理するというもので、非常に簡単です。日本の専門家的には割と普通の処理なのですが、これを外国人の方に説明すると結構ドン引きで、「個人負担分を費用のマイナスにするなんて、なんて野蛮な処理なんだ。なんとかならないのか?」と言われるケースもあります。

2.預り金処理をすれば良いだけ・・でもない 支払時やその後の預り時の立替金消化仕訳とエライ面倒

 その場合に、1の方法以外に個人負担分を他の社会保険や源泉所得税と同様、「預り金」科目で処理する方法もありますので、そちらで処理することになります。「だったらそれでいいじゃん!法定福利費の代わりに預り金にするだけでしょ。」思われるかもしれませんが、それがそこまで簡単な話でもありません。それは、雇用保険が「当年4月1日~翌年3月31日までの1年分の概算を、前払いする」という変わった制度になっているためです。そのため、預り金科目で処理すると仕訳は非常に複雑になります。

①まず、7月10日の納付時に当年度概算分のうち個人負担分は

(立替金)/(現預金)

という処理になります。(従業員の個人負担分を会社が立替えて前払いしているため)

②次に、毎月の給与支給時に、雇用保険個人負担分は

(給与)/(預り金―雇用保険)

で記帳しますが、
③そのあと、「預かった分は立替金が解消しましたよ」ということで、

(預り金-雇用保険)/(立替金)

という仕訳も起票します。雇用保険の概算保険料前払い制度のおかげで、エライ面倒くさいことになるわけです。また、立替金の残高がなくなると、「立替分は全部従業員から返してもらって、後はあずかっているだけ」ということで③の仕訳は不要になります。

④最後の翌年7月10日の納付(申告)時は、実績により再計算し、概算保険料に不足があった場合は、

(預り金-雇用保険)/(現預金)

でようやく3月31日までの預り金-雇用保険がなくなることとなります。しかし、これってある程度労働保険(労災・雇用)の申告の知識がないとなかなか理解しにくいんじゃないでしょうか。ましてや外国人の方には当然のことながら難しいんだろうなと思います。

3.おまけ① 会社負担分は税法ではなぜか「損金に算入する」となっているが、「できる」が正しいのでは?

 なお、上記は個人負担分の話です。会社負担分の話は、また微妙な論点があります。法人税基本通達9-3-3では、「(1) 概算保険料 概算保険料のうち、被保険者が負担すべき部分は立替金等とし、その他の部分の概算保険料は申告書を提出した日(決定された金額については、決定のあった日)又はこれを納付した日の属する事業年度の損金の額に算入する。」となっており、一括損金算入処理ができるのですが、「算入できる」ではなく、「算入する」になっています。ゆえに、会社負担分についても、個人負担分の毎月の実際発生額に伴う立替金消化処理のようにいったん前払いにして実際発生相当分を取り崩す(費用に振り替える)処理をしていくと、本来会計的には正しい処理をしているにも関わらず、税法とずれが生じてしまうというおかしな結果となります。ただし、通達の逐条解説には、「支払時の損金とする処理も認める」といった趣旨であると書かれています。それなら、当該通達は「損金の額に算入できる」あるいは「認める」と書くべきだった気がするのですが、皆様はどのようにお考えでしょうか?

4.おまけ② 個人負担分について法定福利費のマイナス処理の場合 個人負担分を支払時に全額損金算入すると本当は問題あり→調査での指摘事例はほぼない

 さらに、もうひとつ上記の通達では「被保険者が負担すべき部分は立替金等とし」となっていますので、1の「個人負担分も納付(申告)時に全部法定福利費で損金算入する」という処理は、厳密には税務上問題があるようですが、実際の税務調査での指摘事例はほぼないようです。これも真面目な人ほど悩んでしまいそうですね。